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子育て

我が子2人が不登校。学校へ行くまでの2年間の記録。

え?うちの子が不登校?

まさか…。

 

なにも問題ないと思っていた我が子がある日、突然学校へ行かなくなったとしたら、あなたならどう反応するでしょうか?

 

僕は、素直に受け止めることができなかった。

うそでしょ?うちの子が?

信じられませんでした。当初は一時的なもので簡単に解決できると思ってましたが、ただただ甘かったです。不登校がこれほど難しい問題だったなんて。

 

費やした期間はその日から丸2年。

これはその2年間の記録になります。

当たり前の光景は当たり前ではなかった

朝起きてごはんを食べて。行ってきますとドアを開け、日の光を浴びて学校へ。

子供が登校するのは当たり前だと思ってました。でも、その光景が見られなくなったのは約2年前。

息子は学校へ行かなくなりました。

その少し前のことですが、長女が体調を崩して長期休養から不登校へと発展。次第に息子の登校も日を追うごとに少なくなり、完全に足は止まる。

まるで吸い寄せられるかのように。

幸いにも長女は1年で復帰したのもあり、これをきっかけに息子も学校へ行けると期待したが、やっぱり甘くはなかった。

そこからさらに1年間。

 

ようやく落ち着いてきたところでそろそろ文章にする気になったのは、不登校の問題は増え続けているから。今日は小学生の息子のお話しをしますね。

親と子の考え方の差。時代は変わりつつある。

不登校児は確実に増えています。

今の親世代の経験や記憶では、学校に行かない選択肢などなかったのではないでしょうか。

学校は行くもんだ!の一択ではないでしょうか。

「行きくない」はあるにしても実際に行かない子供は極々僅かだったように思えます。

でも今は違います。

クラスに複数人が存在してることさえあります。今回、我が身に起こったこともあり現実を知りました。

だからこそ親と子の考え方にズレが生じるんだと思います。

不登校になった本当の理由は今もわからない

長女のときも長男のときも、学校へ行かなくなった本当の理由は今も分かってません。ある時は先生が嫌いだからと、またある時は友達と合わないからだと。聞く度に変わる理由にぼんやりとしか真相がわからなかった。

この時は行けない理由を追及することばかりこだわっていた気がします。

ただ今思うことは、本当の理由はわからなくても良い。

親がネット上で「学校へ行かない理由」を検索し、子供は「学校へ行けない理由」がわからないと、どうしたらいいのかと質問してます。

本人ですらわからない問題であれば親が知るよしもありません。そこへ時間を割くのなら他にもできることは沢山あります。

学校とのやりとり

「怒らないであげて下さい」

不登校になって担任からまず言われたのはこの一言。小学校(長男)も、中学校(長女)でも真っ先に。

どこで調べても、誰に聞いても怒ることに対して否定的です。それだけ裏付けがあるからであり、それが正しいんだということもわかります。

本当は学校へ行きたいのに、行けなくなった子供は悪くない。文部科学省でもそれを全面的に認めるようになりました。

でもね、簡単じゃないんですよ。

いざ子供が不登校になったら

子供の精神状態は不安定です。

学校へ行くことは完全拒否。思うようにいかないからかイライラばかりが先行し、発散できるのは親や兄弟。

特に妻は大変だった。うちにはまだ3歳の娘。朝は保育園の準備をし、2人分の学校とのやりとり。

「今日はどうですか?登校できそうですか?1時間だけでも登校できませんか?」

学校への連絡は基本義務。子供と話すのも簡単ではなく、みるみるうちに態度が変わり会話にならないことの方が多かった。

「今日も行けません」

これだけの報告をするのに、朝からとんでもなく消耗する。

このやりとりがやっと終われば慌ただしく出勤。余裕など全くなかった。

学校側からは家庭内の現状調査、プライベートで周りからも責められることもある。

「お前んとこの子、どーなってんだ?」身内からはオブラートに包まない言葉をもらいやすい。全てが思うように行かなく、妻は突然泣き始めるようになる。

 

毎朝が地獄のようなこの光景に、このままでは家族がだめになると何度も思った。

優しさだけでは対応できなく、子供にきつい言葉を放つことはすでに珍しくなくなってしまった。

その結果、次第に心を閉ざす

部屋に引きこもるようになり、学校という言葉には特に過剰反応して部屋に隠れるようになる。次第に夕飯も部屋で食べると言い始め、徐々に姿を見る機会が少なくなった。何か言われるのを恐れていたのだろう。

こうした行動が見え始めたので、あまり刺激しないようにと暫く放って置くことにした。

でもこれもいけなかった。子供にとってはやはり親は大きな存在であり、放置は逆効果。こちらから歩み寄り不安を解消してあげる必要がある。

 

ある日、あまりにも姿を見せないので部屋に様子を見に行った。

顔を赤くして39.6℃の熱。

高熱に耐えながら、涙を流しながら、それでも耐えている息子が布団の上に座っていた。

 

僕が初めて全てを受け入れたのはこの時でした。

こんなにも、追い詰めてしまったのかと。

ごめん。

「学校へ行かなくて良い」という決断と勇気も必要

わかったから。もう学校行かなくて大丈夫だから。これからは部屋ではなく、みんなで居間で過ごそう。

 

「学校へ行かないて良い」という言葉は勇気がいりました。でも、学校へ行かせることが全てではないことにようやく気づいた。

今やらなければならないことは、息子を安心させて普通の生活を取り戻してあげること。話しは全てそこから。

その先に、いつか学校へ行けたら良いな。

 

この日から息子は少しずつ確実に変わり始める。笑顔も見られるようになり、ようやく安心できる場所がみつかったかのように。

綺麗ごとや常識は通用しない

学校へ行く必要性を論じたところで全く意味はありません。

正論は子供の耳には入りません。

求めてるのはそこじゃない。

子供を馬鹿にしてはいけません。きっと分かってます。大事なことも、行かなければならないことも。

分かってるけど行けないんだよ!どうしたらいいんだよ!

心の中ではきっとそう思ってます。

だから正論や常識をいくら伝えたところで納得なんてしません。親の言葉は聞いてません。

 

この事実に気づいた時には親ではどうしようもないと思いました。第3者の助けが必要だと。

 

でも違いますよ。

最終的に我が子を救ってあげれるのは、やっぱり親なんです。

「自ら学校へ行く意思」を育てる

そもそも、学校へ行かせるという考え方は間違ってます。

「本人が自ら学校へ行く決断をする」

これが最大の目標で、最終的なゴールはここでなければならない。

自らやる気を起こさないと再び繰り返す可能性が高く、強引に行かせたところで可愛そうなだけです。

学校へ行ったという事実は同じでも、「行かせる」と「行きたい」は全く違います。

やる気のスイッチを探す

あくまでも僕の経験で、誰にでもあてはまることではないのでご理解下さい。

自らのやる気や行く気になる意思を育てれば不登校を終わらせることに繋がる。ただ、そのスイッチはどこにあるのか、こればかりは100人いれば100通り。

 

ここからは我が子のやる気スイッチがどこにあるのか探す旅。

繰り返しますが正論はいらない。常識も必要ない。言葉で言いくるめようとすればすぐさま警戒される。

 

子供と同じ目線になり素直に話すことで、心の隙間に入ることができる。本当に親身になることが必要です。

意識するうちに、これまでどんな言葉にも反応しなかった子供が耳を傾けてくれる時間が生まれます。

その多くは1対1で話してる時で、何かを伝えるというより普通にお話しをする感覚。

どうにかしようとこちらの言い分ばかり述べるのではなく「2人でお話しをする」こと。これが何より大事だと痛感しました。

実際に反応があったこと

あとは続けるだけです。

子供の気分もありますからタイミングも見計らって。

 

たしか今後についてのことだと思いますが、息子と2人で会話した中でとても真剣に考えてくれる場面がありました。

いろんなこと話し過ぎてもう内容は忘れちゃいましたが、その話しのあと、テクテクと僕のところにやってきました。

「俺、明日から本気で頑張ってみるわ!」

 

初めての言動にビックリしました。

勉強道具を調べて就寝前に準備を終わらせ、本当に明日行くんじゃないかと思ったくらい。

 

結果としては次の日の朝には委縮し断念です。

それほどのやる気をもってしても不登校からの脱出は難しいということです。でもこの行動自体に希望を感じました。

それからはまたいつもの状態に逆戻りですが、これでいいんです。

「学校へ行かなくて良い」と言ったからには、「学校へ行け」とは今後も言うつもりはありません。

怒らない、焦らない、甘やかさない

不登校からの脱出3原則だと思ってます。

きつい言葉はNG。進歩も遅いですが決して焦らない。行く行かないを決断するのは本人です。

甘やかしてるように感じるかもしれませんが、大好きなゲームには制限をかけ、家庭学習もやります。勉強は追い付くはずもありませんが感覚を忘れないように、また規則正しい生活をおくらせるのが目的です。

こうしたリズムが出来あがったのは家庭の居心地が良すぎてもダメと判断したからです。

 

そんな毎日を過ごしていると、僕が言った何気ない一言で再び息子の心を動かしたようです。

前にさ、「学校へ行くわ!」って言ったしょ?あのとき、嬉しかったなぁ

「え?そうなの?」

 

それだけなんですけど、実はこの次の日。息子は学校へ行きました。

これまでの経緯

小学4年生から始まった不登校。この時には実はタイムリミットが近かった。6年生も終わり、卒業のシーズンが刻々と近づいてます。

 

最大の山場であり最大のチャンスかも。

内心は不安でした。この機を逃して中学生になれば、なおさら行けなくなるでしょう。

 

それからは行けない時もありましたが、1時間でも学校に行く、給食だけでも食べに行くを繰り返しました。

先生も理解してくれて、息子の無理のないように対応してくれた。大きな進歩だと思ってくれてたようです。

この春、小学校を卒業

小学校生活最後の1週間、朝からまともに学校に行けるまで改善しました。

そして卒業式の日。

息子の「行ってきます」を聞いたのは実に2年ぶり。

 

入場してきた時には涙が溢れました。

 

この2年間はうちでは歴史に残る大事件。本当にもうだめかと思うところまで落ちました。

でもこの春、無事卒業です。

おわりに

中学校、ちゃんと行ってます。

長男も長女も遠回りしましたがこれもまた経験。

また再びこんな日がくるなんて、、諦めないで良かった。親としても少しは成長できたかなと思ってます。

 

「もし突然お子さんが学校へ行かなくなったら」

参考になれば幸いです。

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